Web制作会社が提供したいと考えているものは、クライアントである中小企業のニーズと合っているでしょうか。中小企業が欲しがっているものはWebの実装技術や新しい表現などではなく、売り上げを上げ、利益を確保し、生き残ることです。私たち制作者は、どうすればクライアントの利益に貢献できるかを第一に、提供できるものを考えていかなければなりません。
日本の企業のほぼすべては中小企業
Web制作業界への期待の話に移る前に、誰が期待するのか、ということで、Web制作会社のクライアントについて見てみましょう。下のデータは中小企業庁が発行する冊子「上手に使おう!中小企業税制」のオンライン版からの引用です。
- 日本の中小企業(個人事業者+法人)数は、約469万
- わが国企業の数に占める中小企業の割合は、99.7%
- わが国企業の雇用に占める割合は、66.9%
これを見ると、日本の企業の数に占める中小企業の割合は99.7%ということであり、企業向けのサービスを展開するWeb制作会社にとってのクライアントとは、そのほとんどが中小企業であるということがわかります。
Web制作会社は中小企業を見ていない
さてその中小企業ですが、なかなかにWeb制作会社の間では評判が良くありません。単価が安い、Web標準技術やWebアクセシビリティなどの最新動向への反応が薄い、そもそもインターネットやインターネットマーケティングへの理解度自体が低い、といった理由です。
しかし、僕が中小企業に抱いているイメージはもう少し違っていて、まさにインターネット活用の最先端は中小企業であって、彼らの前ではWeb制作会社の存在意義さえ怪しい、というような印象を抱いていたりするのです。
中小零細企業の社長さんたちと話をしていると、少なからず、Web制作会社に依頼して制作したサイトからはさっぱり成果が上がらないものの社長ブログは成果につながっているとか、よく売れいていたネットショップのリニューアルをWeb制作会社に依頼したところさっぱり売れなくなったとか、うちのサイトはうちの事業の生命線なんだから事情を何も知らない外部の業者に任せるわけにはいかないとか、こうした「Web制作業者とか不要だよね」というような話が出てきます。
あるいは、高度なデザインや複雑な画像の加工、プログラミングなどのような複雑なことだけを部分的に外部に委託したり、膨大な商品画像の補整とリサイズ、または価格など基礎データの入力といった単調な連続作業だけを外部に委託する、といった「Web制作業者は部分的に活用するといいよね」といった話も出てきます。
こうした話をされる社長さんたちの多くは、自ら苦労に苦労を重ねてサイトを内製し、試行錯誤しながら「より売り上げが上がるように」と、セールスのシナリオやビジュアルやコピーや文章や図版を都度見直し、実際に売り上げや問い合わせのある、事業の一部分として成立するだけのサイトを運営しています。
そこに拍車を掛けるように、ドリコムCMSやColor Me Shop! pro、またはイーストアー・ショップサーブのような、CMSを利用してサイト制作の大部分(従来Web制作会社が手間賃を取っていた作業の大部分)を自動化するようなツールが登場しており、Web制作会社が余計な手間賃を請求すること自体に疑問を抱かせるような事態も起きています。
販売や受注といったサイト上で展開が可能なことに関してだけ言えば、セールスのシナリオを描き、それに沿って商品のコピーや説明文を書き、写真や図版を用意する、といったいわば「商売の基本」とでもいうべきことをすれば、後は、デザインができなくても、HTMLが書けなくても、JavaScriptやCGIを知らなくても、何の問題もなく「成果の上がる」サイトを制作・運営することができます。
当然ですが、サイトで成果を上げるために重要なことは、まさにこの、セールスのシナリオを描き、それに沿って商品のコピーや説明文を書き、写真や図版を用意する、といったところであり、実装技術は背面を支える裏方に過ぎません。
事業のデザインとWebサイトのデザイン
どんな企業でもそうですが、特に中小零細企業においては、Webでの展開がその企業の事業の中核に迫れば迫るほど、受注経路や販売経路の中心がインターネットに寄れば寄るほど、サイトのデザイン(=設計)は、事業自体のデザイン(=計画)そのものに近づいていきます。
そうなると、サイトのデザイン(=計画・設計)は間違いなく社長の仕事ということになります。もちろん、店舗を建築するために社長自らセメントを捏ねるべきではないのと同様に、サイトを制作するために社長がHTMLを書く必要はないかもしれません。
しかし、その店舗なりサイトなりのターゲットが誰なのか、そのターゲットをどこから連れてくるのか、店舗やサイト内でどんな体験をしてもらうのか、何を知ってもらい、どんなメリットやベネフィットを想起してもらうのか、そして、いつ、どんな金額で、どんな支払い方法で商品を買ってもらうのか、買ってもらった商品は誰がどのように提供するのか、といったことは、まさに事業のデザイン(計画・設計)なのであって、すべて社長やそれに準じるポジションの人が決定すべきことです。
そして、企業の規模小さければ小さいほど、事業や受注モデルや収益モデルのリデザインが容易ですので、インターネットと親和性の高いモデルへと柔軟に事業そのものを変えていきます。
さらに、サイトの制作は、実店舗の設計や建築ほどの専門知識も機材も体力も時間も必要としません。「こうすればよいのでは?」と思いつけば、すぐさま社長自身がそれを実行に移し、数時間後、あるは数分後には修正版を公開し、効果検証を開始することができます。もし技術的な困難があったとしても、まさに試したいと思っているその部分に限って必要な技術を身につけることは、Webに関してはそれほど難しいものではありません。
「思ったことを、誰に頼むことなく即時に、低コストでテストできる」というWebのメリットは、経営者にとってとても面白いことのようで、Webを使ったビジネス展開のアイデアを実行する、そのための技術を習得する、実際のお客さまの反応を即時にサイトにフィードバックする、といったことの面白さは、社長さんたちの心を捕らえて放しません。
もしこれを、従来のようにやれテストマーケティングだテストケースだといって店舗や販促資材のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返していたら、予算がいくらあっても足りませんが、Webにおいては、サイトを内製する限り、予算の心配もないのです。そして、確かに少しばかりは社長の時間を投資することにはなりますが、しかしそこで社長が収集できる様々なデータやノウハウ、触れることのできる市場の空気などといった成果を考えれば、これからの時代、それはどんな投資よりも有効なものに違いありません。
生き残る中小企業像と、制作者に求められるもの
もっとも、僕が知っている中小企業というのは、僕のセミナーに社長自ら足を運んで受講されるような会社ばかりですので、熱意や意欲という意味では明らかに偏っていて、平均的な中小企業像とは多少のずれがあるかもしれません。みんな社の命運をかけてWebでの展開に活路を見いだそうと取り組んでいますし、技術的なスキルもまずまずあり、それなりの成果をすでに上げているところも多くあります。そういうわけですから、現在はまだ彼らは少数派かもしれません。
でもしかし、今後はそうした会社が優先的に生き残っていくだろうことを考えると、またはそうした成功事例を元に、生き残りを賭けて彼らを真似る中小企業が数多く現れるだろうことを考えると、そう遠くないうちに、彼らのような中小企業が主流を占めるようになっていくと考えるのは自然なことです。事実、彼らを支援するようなサービス(前述のドリコムCMSなど)も多く生まれています。そうなると、Web制作会社の役割もまた、今とは違ったものにならざるを得ないでしょう。
では、そうした状況の中で、中小企業がWeb制作会社に期待する仕事とはどのようなものでしょうか。話は「我々は誰に、何を期待されているのか」というところからです。そして「誰」というのは、おおまかに言えば中小企業です。では、中小企業(しかもこれから生き残る中小企業)がWeb制作会社に求めていることは何か、ということを考えていきたいわけです。
僕がこんな当然のことをくどくどと書いているのは、「Web標準(または別の実装技術でも)を実装できるからそれを売りたい」とかいう考え方がこの業界には結構まかり通っており、しかし「そう思っても誰も欲しがらない、困った」というような不満が多く聞かれるからです。誰に何を求められているかを考えず、「作れるものを作って売る(結果売れない)」というような考えや行動は、大量生産大量消費時代の化石のようなもので、いわば産業革命くらいから進歩がないように思います。
このエントリの冒頭で、単価が安い、Web標準技術やWebアクセシビリティなどの最新動向への反応が薄い、そもそもインターネットやインターネットマーケティングへの理解度自体が低い、といった理由で、Web制作会社は中小企業の仕事を好ましく思っていない、といったことを書きましたが、残念ながらこれは、僕の感想では実態を表してはいません。僕の目に見えるのは、「中小企業から求められているものをWeb制作会社は提供できていない」というシンプルな事実だけです。
中小企業が求めていることは、Web標準技術やWebアクセシビリティなどではなく、売り上げを上げ、利益を確保し、生き残ることです。そして、Web制作会社は、それに貢献できるだけのサービスを費用対効果に見合うレベルで提供できていないということです。中には「中小企業は自分が求めているものすらわからない」などということをいうWeb制作会社の人もいましたが、残念ながら、わかっていないのはその人自身です。その人は、「クライアント企業が売り上げを上げるために自分が手伝えること」がわからないのです。
例えば、僕たちが家庭で使う冷蔵庫の購入を検討するとき、決定権を持つ者が購入を決める際に材料となるのは、価格と品質(性能や容量や騒音レベルやランニングコスト)が妥当かどうかということや、設置場所にマッチしているかどうか、メーカーや販売店に信頼がおけるかどうか、というようなことであって、その冷蔵庫の冷却方式が蒸気圧縮冷凍式であるかベルチェ式であるかというような技術のことは(冷蔵庫を製作するためには重要ではありますが)購入のための決定的な材料にはなりません。そして買った冷蔵庫をいざ使ってみたらよく冷えない、というようなことがあれば、消費者はすぐさま返品し、代替品を要求します。これが普通の消費者というものであり、成熟した産業というものです。
ところがWeb制作では、クライアントには意味不明な実装技術の話をしたり、不良品(つまり成果につながらないサイト)をつかませたり、ということが日常的に行われています。これは業界の未成熟さが原因ですから、時間とともに解決されていくとは思いますが、成熟していくまでの過程には淘汰される業者も多く出るでしょう。
もちろん僕は、Web標準技術やWebアクセシビリティやその他の実装技術が悪いとか、不要だとかいうことを主張しているわけではありません。僕がいいたいのは「それらは売り物ではない」ということです。中小企業が欲しがっているのは売り上げや利益なのであって、それを得るために制作するサイトがテーブルレイアウトだろうとCSSレイアウトだろうと彼らには関係がないのです。
それは僕たちが冷蔵庫を買うときに冷却方式ではなく「冷える機能」が欲しいのと同様です。そして、冷蔵庫のメーカーが費用対効果に照らしてその商品に最適な冷凍機を黙って搭載して市場に問うのと同様に、僕たちWeb制作者もまた、費用対効果に照らしてそのサイトに最適な技術で(もちろんよりよい技術で)実装し、市場に問えばよいだけのことなのです。
さて、話が勢いよく脱線しましたが、元に戻します。中小企業(しかもこれから生き残る中小企業)がWeb制作会社に求めていることは何か、ということですが、これについては僕自身が中小企業の社長さんたちと何度もディスカッションした成果として、完全ではありませんがある程度回答することができます。例えば以下のようなものです。
- 自分たちでやるには技術的に難しすぎる部分をアウトソーシングしたい(プログラミングやグラフィックデザインやマークアップなど高度に専門化した技術だけを部分的に切り売りで提供する)
- 自分たちでやるには手間がかかりすぎる作業を安く早く仕上げて欲しい(データ入力やスキャニングなど単純作業や反復作業を低価格で提供する)
- Webを使った展開は将来段階的に導入するので、今は適当にかっこいいサイトを制作して欲しい(このニーズもオフラインだけの展開で堅調を維持している企業を中心にまだまだあるので、それを追いかける)
- 商品は用意するからネットで売って欲しい(成果報酬制でサイトの製作から運営のすべてを代行する。ドロップシッピングなど)
- 戦略を練る際や従来のビジネスモデルをWeb向けに再構築する際に相談に乗って欲しい(オンラインでのビジネス展開をデザインする際の相談役やコンサルタントのようなサービスを提供する)
- サイトの制作や運営でつまずいたときにサポートして欲しい(クライアント企業内のサイトの制作や運営にあたるスタッフの教育やサポート、一部作業の代行などを提供する)
- 内部のいつも同じスタッフだけでは情報も偏りがちになり、新しいアイデアが浮かびにくくなるので、定期的にミーティングに参加して欲しい(コンサルティングの提供)
- アイデアを出し、それを形にしていくという進行に不安があるため、企画会議の進行役を務めて欲しい(コンサルティングの提供)
- いつも商品写真の撮影で苦労しているので、腕のよいカメラマンから直接指導を受けたい(教育の提供)
- コピーライティングやセールスライティングに課題があるので勉強したい(教育の提供)
上記のものだけではカバーしきれないくらいまだまだ多種多様なニーズがあると思いますし、基本的に上記は僕自身が求められることや、僕の背後の人脈を頼って相談を受けることをベースとしているので、どうしても内容に偏りはでてしまいます。しかし基本的に上記の各項目はすべて、クライアントがデザイン(計画・設計)から制作・運営までを行い、それを部分的に業者が手伝う、という図式になっていることには注意が必要なのではないかと思います。
現時点でWebを活用できている中小企業にとって、Web制作会社に期待する領域はそもそもそれほど広くないのです。それは、社長自らが自社の商品やサービスについてのセールスのシナリオをデザインし、それに基づいてコピーや文章や図版や写真などを作成し、さらに訪問者の反応を見ながら調整を繰り返した結果として、現在のサイトがあり、そのサイトが成果を上げているのですから、そう考えるのは当然です。僕もそう思います。彼らから見れば、Web制作会社は「単なる技術屋かグラフィックデザイン屋」なのであって、真に事業に貢献するノウハウを持っているのはWeb制作会社ではなく彼ら自身なのです。
Web制作の業界は、今後、中小企業のWeb活用が進むにつれて、もっといえば中小企業がWebサイトの成果や費用対効果をシビアに見るようになるにつれて(またはそうでない中小企業が淘汰されていくにつれて)、他の業界のように成熟していくでしょう。その過程で何が起きるかは、実際に起こってみなければわかりませんが、僕が予感しているのは、従来のようなWeb制作会社のモデルは早晩下火になり、僕たちは別の形にシフトせざるを得ない、ということです。
いずれにしても、新たなニーズを発生させるほど革命的な商品を開発できるような優れたWeb制作会社でもない限り、凡庸な僕たちは、実際に顧客たる人々の生の声を聞き、ニーズを受け止め、それに対応する、という動きは必須であると思います。お互いに頑張りましょう、淘汰されないように。