ゆっくりと確実に変化するWeb制作のルール

僕はときどき「ある日目覚めたらWebのルールが以前とすっかり変わってしまっていて、右も左もわからないままに取り残されてしまう」というような内容の夢を見て、ひどくうなされることがあります。おそらく、Webに関わる仕事をしている人の多くが、似たような経験を持っているのではないでしょうか。

独自ドメインサイトの費用対効果の悪化

Webサイト制作業やそれにまつわるマーケティングのルールは、絶えず確実に確実に変化しています。しかしその変化のスピードはそう速くないために、とりあえず従来通りのスタイルを保持して仕事をすることは可能です。その一方で、このままではいけない、という危惧も日増しに大きくなってきています。

最近得に強く感じるのは、独自ドメインで運用する企業サイトやショップサイトの費用対効果の悪化についてです。順を追って話します。

たとえばの話、あなたがビジネスホテルのオーナーになったとします。コストをかけて自社サイトと自前の予約システムを構築し、維持運用するようなことをするでしょうか? 僕だったらしません。自社サイトは必要最低限にし、じゃらんnet楽天トラベルるるぶトラベルあたりに参画するでしょう。

同じように、あなたが中古車店のオーナーになったとします。自前のサイト上で中古車検索システムを稼働させるようなことにコストをかける価値があると考えるでしょうか? 僕なら、やはり自社サイトは必要最低限にし、カーセンサーnetGoo-netに出品することを選びます。

飲食店のオーナーになったとしたら? 食べログとかぐるなびですよね。賃貸物件の仲介を中心に扱う不動産仲介会社のオーナーになったとしたら? SUUMOとかCHINTAIなどですよね。

ここまで挙げてきたような商品やサービス、つまりビジネスホテル、中古車、飲食店、賃貸不動産などは、ユーザー目線で考えて、専門サイトを使って探すのが楽で便利です。チマチマ個別の店や物件を検索して比較検討するなんて、ユーザー目線ではもはや考えられません。

これらの業種業態では、自社サイトの費用対効果は限りなく低いでしょう。物件検索システムなどを構築すれば、専門サイト参画に比して、まずROIは合わないはずです。それでもなお、コストをかけた立派な自社サイトを何も知らないクライアントに提案するのは、誠実でない気すらします。

物販でも、労働集約でも、知識集約でも

物販で扱われている商品の中でも、オーダーメードや自社少量生産などのような、高単価で価格設定にある程度の自由があり、単体で利幅が取れ、少数の販売でも十分な利益の出る商品なら、自社サイトで販売していくことはこれからも可能でしょう。リピート率が極めて高い商品なども自社サイトでいいかもしれません。

しかしその他の、仕入れて販売するタイプの商品や、大量に生産して大量に販売するタイプの商品では、現時点で自社サイトのみというのは集客の規模などの面で厳しいものがあります。これらの商品を扱う場合、楽天市場やヤフオクストアに出店するというのは自然な流れでしょう。

Web制作やそれにまつわる仕事をしている人たちは「楽天」と聞くと眉を顰めがちですし、現時点でショップ運営をされている人の中にも、露骨に嫌悪感を示す人もいます。僕もまあ、気持ちはわかります。楽天の企業姿勢には同調できない部分も多々あるからです。

そうは言っても、やはり楽天市場やヤフオクストアは魅力的です。その集客力や知名度ももちろんですが、何よりも魅力的なのはそこを巡回しているユーザーたちの心理的状態です。検索のユーザーの大半が「単なる調べ物」を指向しているのに対して、モールのユーザーは明らかに「何かを買うこと」を指向しています。この差は大きい。

片手間ではなく生活のかかった仕事として、ゼロからスタートして小さなネットショップを始めるとしたら、いまWeb制作に携わっている人の中に、独自ドメインで自前のショップを作る、というようなことを選ぶ人がどれほどいるでしょうか?

独自ドメイン店の集客の難しさは、あらためて言うまでもありません。集客手段は広告、SEO、クチコミに限られ、広告以外はすぐに効果は出ません。大手の壁に阻まれれば、広告だってうまくいかないかもしれません。そんな中で、サイトを準備し、事業を継続できるだけの売上を安定して叩き出せるようになるまで、我慢が続くでしょうか?

もし僕がこういう立場に立たされたら、ぶっちゃけた話、商品によって楽天かヤフオクストアのいずれかを選んで出店し、モール内の広告商品を買って集客し、売上を作るでしょう。そして広告以外の集客やブランディングやリセール促進では、ブログを中心にfacebookやtwitterなどを組み合わせて運用すると思います。

今まで実績を積み重ねてきてリピーターなどの資産を持っている独自ドメインショップならともかく、ゼロスタートのショップであれば、在庫を抱え支払いに追われながら独自ドメインショップを育てていくと言ったような、悠長なことはなかなかできません。早期に軌道に乗る方法(モールなど)を選ぶのは自然なことです。

家屋の工事業者、引越し業者、マッサージ師のような労働集約型のサービスや、弁護士や会計士、医師、コンサルタントのような知識集約型のサービスにおいても、今後だんだんとマッチングサイトやレビューサイトの役割は大きくなってくるでしょう。そして自社サイトの役割は相対的に小さくなります。

だからといってすぐに自社サイトの必要性が無くなるかといえば、そんなことはないでしょうが、消費者目線ではマッチングサイトやレビューサイトよりも強力な自社サイトというのは考えにくく、労働集約・知識集約のサービス業も、マッチングサイトなどに比べて自社サイトの費用対効果が落ちていくことは間違いないでしょう。

今後ももしかしたら、自画自賛の美辞麗句ばかりを並べ立てただけの豪華な自社サイトに多大なコストを割くようなことも、経営者の自己満足としての需要ならば残るかもしれません。持ち家や自社ビルにこだわるようなメンタリティです。しかし自己満足と費用対効果は別の話ですから、費用対効果という意味では、実際に売上を運んでくるモールやマッチングサイト、レビューサイトなどが優位に立つようになるのは時代の流れです。

簡易な自社サイト、ブログ、ソーシャルメディア

レビューサイトでいくら評判がよかったとしても、ブログを書いておらず、能力も実績も人柄も不明なコンサルタントを選ぶのは難しいでしょう。同じ理由で、住宅リフォーム会社でブログを書いている業者と書いていない業者があれば、当然書いているほうが選ばれやすいでしょう。自社サイトにありがちな自画自賛よりは、どんなブログを書いているのかというほうが、ずっと判断基準として有用です。

そして、ブログを開設するコストは極めて低く、独自ドメイン運用でも、レンタルサーバにWordpressのような組み合わせなら、初期費用1000円内外、月額費用数百円です。そして、Wordpressのセットアップや運用には特別な知識は必要ありません。外部のブログサービスを使えば、すべて無料でまかなうこともできます。

さらに、そのブログがある程度の人気のあるもので、ブログからの集客に成功していれば、自社サイトと比してブログの重要性は圧倒的です。さらに、そのブログがtwitterやfacebookのようなサービスと連携して、クチコミの好循環を創り出していれば、もうそれ以上のものは不要だと言えます。

販売面でモールやマッチングサイトをうまく使うなら、自社サイトは必要最低限のもので事足ります。盛りに盛った自画自賛を自社サイトに詰め込んでも、誰の得にもなりません。販売はモールやマッチングサイトを活用、有益な情報の発信による職能のアピールや信頼感の醸成はブログ、親近感の醸成はtwitterやfacebook、というのは時代の流れに沿った冴えたやり方であるように思えます。

囲い込まず、連携する

自社サイトは必要最低限に抑え、主戦場をモールやマッチングサイトやブログやソーシャルメディアに置く、という方法の優位性は「人を呼び込むのではなく、人のいるところに出ていって勝負する」という点にあります。

Webはもともと、その成立の経緯からして「つながるメディア」です。自社サイトへの集客、自社サイトへの囲い込み、といったことに注力してきた今までのほうがおかしかったのかもしれません。自分のドメイン内だけで完結するような利用法では、Webを活用しているとは言えません。

Webの根幹技術であるHTTPやHTMLの先頭二文字「HT」は、HyperTextの略です。HyperTextが普通のテキストに比べてどうハイパーなのかと言えば、データが格納されているディレクトリやサーバを超えて文書を行き来することのできる HyperLink が実装されているところです。

個々のサーバマシンやクライアントマシンといった枠を超えて、国境さえも越えて、人も文書もどんどんつながることができる、というのがWorld Wide Webの技術の根幹であり、思想であり、面白さの中心であり、僕たちを夢中にする理由です。

それを踏まえれば、Web上では「囲い込まず連携する」「人を呼び込むのではなく、人のいるところに出ていって勝負する」というのが自然なことだと思えるのではないでしょうか。そして、そのためのインフラも整いつつあります。

多くの企業にとっての主戦場がモールやマッチングサイト、レビューサイト、ブログ、ソーシャルメディアなどになり、自社サイトが一線を退くことになったら(事実そうなりつつある)きっと、多くの事業者にとっても消費者にとっても好ましい世界になるでしょう。消費者はよい事業者を選びやすくなり、よい事業者は消費者に選ばれやすくなるからです。

問題は、そうした好ましい世界が実現すればするほど、その一方で従来の形でのWeb制作やSEOの仕事は枯れていく、ということでしょう。少なくとも、従来のような「自社サイト囲い込み型」とも言えるようなサイト制作やSEOが先細りなのは間違いありません。

僕たちは僕たちで、この変化に対応した形に変化することを考えなくてはなりません。でないと、HTML5(キリッ とか言っている間に、気がついたら足元をそっくりすくわれていた、なんていうことになりかねません。ルールは少しずつですが確実に変化しているのです。

もしかしたら明日にも、すべてのクライアントが「自社サイトのSEOは無駄だ」「自社サイトに多大な費用を投下するのは割に合わない」ということに気付いてしまうかもしれません。僕たちがその明日を生き残るために、どんな方向性が考えられるでしょうか? とりあえず、次のような方向性はあり得るでしょう。残念ながらどれも魅力的ではありませんが。

  • 持ち家や持ちビルにこだわるタイプの経営者にアプローチし、それらに対して従来通りに自画自賛の美辞麗句を詰め込んだサイトを制作する
  • 日本の企業に占める中小零細企業の割合は99.7%であることを踏まえ、上位0.3%の大企業(自社サイトへの囲い込みモデルが成立するほどの)にターゲットを絞る
  • 中小零細企業向けに、モール出店や専門サイト参画の支援と、ブログ運用支援、ソーシャルメディア活用を主業務に据える
  • 中小企業のWeb制作業界への期待と実際の後半で書いたような純然たる「作業者」に徹して、手間仕事で口銭を得る

このエントリで書いたことは、少しばかり大げさかもしれませんし、急に動き始めるには時期尚早かもしれません。しかし、その時の時流に合わせて柔軟に対応できるフリーランスは別として、従業員を抱えてWeb制作やSEOに取り組んでいる会社は、少しずつでも次につながる仕込みを始めたほうがよいかもしれません。