コンテンツマーケティングという言葉を耳にするようになって数年も経つでしょうか。この話題はSEOとセットで語られることも多く、このサイトでも触れるべきではないか、とは何度も考えてきたことです。しかしどうにも興味が持てず今まで放置してきましたが、機会を得たので少し触れてみたいと思います。

コンテンツマーケティングとは何か

僕はコンテンツマーケティングなるものが何なのかは知りませんし、実のところ興味もありません。が、河野さんの記事に興味深い考察があったので、僕も乗っかって少し考えてみたいと思います。その前に、自分自身の勉強をかねて定義から。

コンテンツマーケティングとは、コンテンツとそれを共有する媒体の開発を通じて実施される顧客獲得のためのマーケティング手法です。コンテンツマーケティングの基本は「コンテンツ(価値ある情報または娯楽)を提供すること」であり、短期的な行動を促すものではありませんが、様々な形で顧客に影響を与えることを目指します。

上記はContent marketing – Wikipedia Enから引用し僕が翻訳したものです。そして、このコンテンツを広げるための媒体は、ニュース、動画、白書、電子書籍、インフォグラフィック、事例、ハウツー、Q&A、写真などであるといいます。

これは要するにコンテンツ(情報または娯楽を提供するもの)をフックにして企業に注目してもらうための仕掛けであって、例えば「人気のあるお役立ち番組をスポンサー提供する」といった従来のマスメディア手法もこれに該当しそうで、何も珍しいことではないように見えます。

そもそもですが、消費者自身の意思に基づいて企業が発するメッセージを受け取ってもらうためには、コンテンツは不可欠です。だからこそ、テレビやラジオは番組で視聴者を釣ってCMを流すわけですし、新聞や雑誌は記事で釣って広告を挿入するわけです。

CMしか流れないテレビを見たり、広告しか載ってない新聞を購読する人はいません。売り込みばかりで構成されたチラシの寄せ集めのようなサイトを好んで見る人もいません。「コンテンツが必要だ」なんてことは何世紀も前からわかりきったことで、今に始まったことではないはずです。

コンテンツが必要不可欠であるということはあらゆる媒体に共通で、例えば演奏会のないコンサートホール、試合のないスタジアム、ソフトのないゲーム機のようなものに用事のある人はいません。プラットフォームだけあってもコンテンツがなければ用事がないのです。それはウェブサイトでも同じことです。

その当然すぎるくらい当然のことについて、わざわざ「コンテンツマーケティング」などと言う目新しい用語を充てて、さも新しい概念であるかのように喧伝するのは馬鹿らしいと、僕などは思うわけです。これはもう、変な広告代理店とか変なコンサルとかが、頭の悪い客を騙すための概念としか見れません。

河野武さんの話

さてコンテンツマーケティングとは何か、ということがわかった(?)ところで、冒頭で紹介した河野さんの話に戻ります。河野さんの記事では、ウェブにおけるコンテンツマーケティングについて述べたものであり、コンテンツの目的と更新スタンスについて語られています。

まずウェブサイトのコンテンツについて、その目的として、次の2つの異なる側面がある、という考察があります。

いざ検索したときに見つけてもらうもの
SEOに貢献して新規ユーザーを獲得する。買ってもらうまでのプロセスに注力する
毎日読んでもらって良好な関係をつくるもの
既存ユーザーとの長期的で持続的な関係づくりを実現する。買ってもらった後の関係構築に注力する

どちらの場合も質が高く量が多ければそのほうがいいのは当然として、前者の場合には量よりも質のほうがより優先され、後者の場合には忘れられてしまわないためにも量(つまり更新頻度)のほうがより優先される、と述べられています。

その上で、そもそも検索されることを前提にするのではなく、企業と消費者の関係において「検索なんてするまでもなく消費者に信頼されている」関係が理想である、というような文脈で、量を重視する後者のほうが(特にB2Cにおいては)重要であるとの考え方が示されます。

関係の構築および維持において接触頻度が重要になる理由は、マメに連絡を取らないと距離ができてしまうのは、企業と顧客の関係だけでなく男女の関係においても同様で、つまり関係構築には接触頻度の向上や維持が不可欠である、ということです。

こうした前提をもとに考えると、コンテンツに求められる性質は自ずと導かれてきます。河野さんの記事で述べられたいたその性質とは次のようなものです。

  1. お客さんとつながり続け関係を構築するために、高い接触頻度を維持する
  2. 接触頻度を高めるのであれば、有益であることよりも嫌われないこと(ウザがられないこと)が優先される
  3. そのためには「自分が伝えたい」でも「みんなが知りたい」でもなく「自分だったらこれを読みたい」という距離感やスタンスを意識する

こうした考察は、河野さんがほぼ毎日更新している攻城団ブログの更新スタンスを例として示しつつ展開されており、とても分かりやすく、僕にとっては参考になるものでした。ということで、ここからは僕のこのサイトを例に、僕のサイト運営のスタンスについて述べていきたいと思います。

僕のこのサイトの場合

読者との関係構築は改めて言うまでもなく重要なもので、それは僕のこのサイトにおいても重視するポイントです。しかし河野さんのスタンスが接触頻度を重視するものであるのに対して、僕は接触頻度は重視しません。その理由は次のようなものです。

  1. 僕や僕のサイトと日々つながっていたいと考える読者なんて想像もできないし、実際にいたらキモいし、そもそも僕自身が「読者といつもつながっていたい」とは考えていない。したがって接触頻度は低くてよい
  2. 僕のサイトは、読者が問題に直面し必要が生じたときにだけ接続し、必要とする解決策が得られるサイトでありたい。僕自身としては、本当に困ったときにだけ頼られる存在でありたい。なのでコンテンツは量より質を重視する
  3. 信頼に基づく関係を構築するための方法として「このサイトのコンテンツを参考に問題が解決した」という実績を積み上げることを目指す。したがってコンテンツは読者が抱えている問題や課題にフォーカスし、その解決策を提示することに注力する
  4. 買ってもらうまで、または買ってもらった後、といったことは気にしない。サイトの利用体験そのものに注力する。コンバージョンについては買う前も後もなく、売り込みの必要そのものをなくすような信頼の構築を目標にする

端的に言えば、僕は「毎日見るサイト」ではなく「困ったときにだけ見るサイト」を指向しているということです。そして、困ったときにこのサイトのコンテンツが実際に役に立ったという実績によって信頼を構築したいと考えています。これが僕の運営スタンスです。

コンテンツの有用さについて

こうした僕の文脈においては、コンテンツの有用さ、というのも避けて通れない話題でしょう。そのことについても僕の個人的な考え方を示しておきます。

有用であるというのはつまり、文字通り「役に立つ」ということです。コンテンツが役に立つためには、そのコンテンツを取得する読者の背後に、解決すべき困った状況が存在し、コンテンツには解決策が提示されていることが前提です。

単に知識や娯楽やニュースを提供するだけのコンテンツに、突出した有用さを持たせることは難しい、と僕は考えています。読者に何らかの問題や課題があり、それを解決に導くコンテンツこそが、僕の考える有用なコンテンツです。

  • 「へー」や「なるほど」では終わらない
  • 「面白かった」や「ためになった」では終わらない
  • 「知らなかった」や「わかった」では終わらない
  • 「おかげさまで助かりました」を目指す

読者は困るたびに僕のサイト内を巡回してヒントを探し、解決策を得る。僕のサイトはそういうサイトでありたいと思っていますし、まだ不十分ではありますが、実際にある程度は成功しているはずです。

その結果が、他の誰でもなく、どうしても僕に依頼したいと言ってくれるクライアントの存在です。これは依頼前の段階で、僕のコンテンツから解決策を得たことが複数回あって、そのたびにこのサイトや僕に対する信頼感を高めていて、どうしてもというときには自動的に僕を頼るという流れです。

トラフィック誘導についての考え方

僕の運営スタンスはここまで述べてきたようなものですから、僕はこのサイトのコンテンツ作りにおいて、ことさらに多くの検索トラフィックを集めるような施策もしていません。意外に思われるかもしれませんが事実です。

例えば、検索からのトラフィックを最大化させることを指向するのであれば、検索ボリュームの大きなキーワードをタイトルに含め、キャッチーなコピーを書く、といったことは必須です。しかし僕はこのサイトにおいて、それを実施していません。

基本的に僕は、自分のコンテンツを必要以上に多くの人に届けようとは考えていません。必要とする人にだけ届けばよいというのが僕の考えです。これは河野さんの記事にあった言葉を借りれば「嫌われない(ウザがられない)」ための考え方です。

また同様にソーシャルメディアにおける拡散もそれほど意図していません。釣りっぽいキャッチーなコピーを書き、煽りやツッコミどころを仕込んで本文を書けば、ソーシャルメディアでの露出はそう難しいものではありません。しかし、反感を買ってまで必要ない人々にコンテンツを届けることに意味があるでしょうか?

SEOの目的は、そのコンテンツを必要とする人に対して、ピンポイントでそれを届けることで達せられます。必要とする人に届かないのでは話になりませんが、必要な人にきちんと届く状態を達成できたら、それ以上のトラフィックは帯域とサーバ負荷の無駄遣いです。

個人的に僕は望まない人にまでコンテンツを届けようとするのは発信側の傲慢だと考えています。SEOにはそうした節度が必要で、それを忘れるとスパムになるからです。しかしこのような僕の「過度な露出を狙わない」やり方は、一般に語られるコンテンツマーケティングというものよりはよほど簡単な、誰にでも実施しやすいものだと思うのです。

地味で敷居の低いもの

河野さんの記事に話を戻しましょう。河野さんの記事では、コンテンツマーケティングが本質を外れて「おもしろコンテンツで集客しよう!」のようなものに変質し、結果としてエイプリールフールのような悪ノリを年中実践するような人々が先導している実態に陥っていることを批判しています。

率直に言って僕はその状況をあまり把握できていないので、この点については何ともコメントのしようもないのですが、強いて言えば、そういう流れはエイプリールフール的おもしろコンテンツの制作を得意とする人々(要するに従来の広告代理店)がその方向に誘導したがっているだけなのではないか、と思います。

この記事を書くために、話題になったというコンテンツマーケティングの例をいくつか見てみましたが、生命保険会社の社長に素人がよってたかって面白いことを言わせるだとか、ロシア人の美女が高学歴サラリーマンをプールに落とすだとか、マイナーな深夜番組さながらのものばかりで個人的にはドン引きでした。さすがにこれはきつい。

そうしたものがコンテンツマーケティングだと真に受けた素人がおもしろコンテンツ(?)を指向したとしても、大部分はスベり、偶然ヒットしたとしても継続性はなく、一時的に多くの人に見られたということ以外には何の効果もない、といった結果に終わるだろうことは簡単に予測できます。そこで河野さんは次のように述べています。

ぼくが考えるコンテンツマーケティングって、もっと地味で、もっと敷居の低いものなんだけどなあ

完全に同意です。まあ僕はコンテンツマーケティングというもの自体がよくわかってないし興味もないのでアレですが、ウェブの活用というのは地味で、誰にでもできるものであるはずで、それは僕がやっていることも同じです。僕の施策をまとめると次のようになるでしょうか。

  1. 自分の(自社の)保有するノウハウで解決でき、かつ潜在客が抱えているだろう問題や課題にフォーカスする
  2. その問題や課題に対する解決策を提示するコンテンツを作り、ウェブ上に公開し、適切に告知する
  3. そのコンテンツを必要とする人が、必要になったタイミングでそのコンテンツを利用し、問題解決の役に立てることを繰り返しながら発信者への信頼を醸成する
  4. 公開された汎用のコンテンツでは解決できないような個別具体的な問題や課題が利用者に発生したとき、それまで問題解決に役立ててきたコンテンツの発信者に相談する

僕が考え実践しているウェブ活用(コンテンツマーケティング?)というのはおよそ上記のようなもので、極めて地味ですし、保有しているノウハウをウェブに公開するというだけのことですから、変な仕込みも必要なく、敷居も極めて低いものです。

僕のコンテンツは問題を解決すべく必死で検索を繰り返すような人にさえ届けばよいので、検索結果ランキングにおける上位表示も必要なく、ソーシャルメディアにおける拡散も必要なく、したがって巨大なトラフィックも、多大な読者数も必要としません。高い接触頻度も、もちろん面白さも必要としません。

他の会社がこの方法で取り組もうとする場合、保有するノウハウを公開する、というところがネックになりそうに思えるかもしれませんが、何のノウハウも保有せずに成り立っている会社なんてあるわけないですから、これもネックにはなりません。地味だけど確実、というのが僕の考えるウェブ活用です。

ただしこれは、自分で実施する前提なら簡単で確実ですが、例えば広告代理店やウェブ制作会社のような第三者が代行するのは困難です。コンテンツに投入されるノウハウは僕が保有しているものであって、それら第三者が保有しているわけではないからです。

自分でやれば簡単でも第三者が代行することが極めて難しいというのでは、その第三者に該当する人々が、僕の提唱するような方法を推奨することはありません。彼らは彼らで、自分たちが得意とするエイプリールフール的なものをお勧めするでしょう。このあたりは大人の事情なのでスルーしておけばよいのではないでしょうか。

コンテンツを軸にした関係構築

さてここまで述べてきたように、河野さんと僕では方法論や着地点は微妙に異なったものになっています。しかしその一方、大前提として重視しているポイントは一致しています。それは読者との関係構築を大切にするということです。少し強引にまとめると、次のようになるでしょうか。

河野さんが指向する関係構築
読者とのつながりの維持や親近感の醸成を通じて、愛され、信じてもらえる状態が持続する関係を目指す
僕が指向する関係構築
読者の問題や課題に対する解決策の提供を通じて信頼を獲得し、いざというとき頼られる関係を目指す

この表面上の違いは単純にB2CかB2Bかという違いなのかもしれませんし、もう少し根本的な僕と河野さんの考え方の違いなのかもしれません。しかしいずれにしても、関係構築を重視するという点で、これらは同じ根から発しているものです。

最後に、この関係構築という視点を強調して、この記事を終えたいと思います。

コンテンツをフックにして人を集める、という考え方そのものは、18世紀の音楽家にも、19世紀の画家にも、20世紀のハリウッドにも、21世紀のウェブにも共通する普遍的なものです。何も目新しいところはありません。人々がコンテンツを求めていることは昔から変わらない事実です。

しかし利用者との関係構築という視点を失うと、現在の視聴率偏重のテレビ番組のように、コンテンツは受け狙いに偏った安っぽいものになっていくでしょう。それでも確かに人は集まるかもしれませんが、関係が深まるわけではありません。

コンテンツは発信者と利用者との関係構築の軸になるものである、という意識が必要です。たとえばSEOの実施において、またはソーシャルメディアでの話題拡散を狙う場合において、安易な釣りを繰り返すようなコンテンツ施策をいくら繰り返したところで、発信者と利用者の関係が良好なものになるとは考えられません。

企業にとってコンテンツはこれまでもこれからも重要なものですが、それは発信者と利用者の良好な関係を構築するものである場合についてだけだと僕は思います。その場合のコンテンツは、マーケティングというよりは礼儀のようなもので、相手への敬意に基づいて自然に発せられるものであるべきです。

今まであまりいい印象を持てず、したがって調べたり考えたりすることもなかった「コンテンツマーケティング」という言葉についてですが、今回、機会を得て調べたり考えてみたりしたところ、上っ面ばかりで地に足の着かないものであるという印象を深める結果となりました。

僕はそれを自分で実施することはないでしょうし、クライアントに勧めることもないでしょう。やはり僕には、コンテンツを軸にした訪問者との関係構築といった、地道で確実なウェブ活用が向いているようです。